年が明け、2026年になった。
普通の慣例では「明けましておめでとうございます」と挨拶し合う。
ひねくれ者の私は思う。
生きとし生けるものにとって、年の更新は「めでたいこと」だろうか。
医学は日進月歩で発展し、人間の平均寿命は伸びている。
しかし、誰しも寿命があり、必ず死を迎える。
歳を重ねることは、寿命に近づくことではないのか。
新年を夢と希望に満ちて迎えた人達には不謹慎だが、理屈はそうだ。
新年を祝う正月だが、私にとって日常生活と何ら変わりはない。
午前中は訪問看護師の処置があり、24時間体制でヘルパー各位のシフトも変わらない。
正月は家族で看るという考えもない。
(訪看、ヘルパー各位には、私のためにと申し訳なく思う)
美味しいものが喰えるわけでもなし。
いつもの如く、経管栄養剤(イノソリッド)を胃瘻から注入する。
迎春パッケージでもなく、普段通り素っ気ない。
正月の雰囲気を感じることもなく、私には不要な期間、むしろ腹立たしくさえ思う。
強いて新年を感じるとすれば、真新しくなったカレンダーかな。
どんなことが書き込まれることやら。
「人間万事塞翁が馬」
人生の幸不幸は予測できない。良いことも悪いことにも一喜一憂しない、という教えだ。
2026年はどんな年になるか、成るがままに身を任せるつもりだ。